2010-01-01

あけましておめでとうございます

皆様あけましておめでとうございます。

昨年もたくさんの方々の出会いを頂き、そして皆様からたくさんの事を勉強させていただき本当にありがとうございました。


昨年は龍笛の技術が飛躍的に進歩した年でした。語学力は少しUP!まずはソロコンサートができる力が少しずつ付いてきたという事です。高校、大学とただがむしゃらに笛を練習してきましたが、大学卒業時の時は決して一人でお客さんの前でソロで一曲吹くという事などできませんでした。26歳初渡米の時、とあるマンハッタンのギャラリーでの30分少々のソロコンサートをさせて頂いたのを皮切りに少しずつできるようになってきました。未だに最初のコンサートを覚えています。緊張で震える指を必死で止めようとして演奏したため、コンサート終了後、指が痛くて動かなくなっていました。その時から比べると昨年の渡米前の四万十市でのコンサートや先日マンハッタンで行った約50分間のソロコンサートは最初は緊張したもののずいぶんと余裕があったように感じます。それは笛の技術も然りですが、自分の龍笛に自信が出てきたからだと思います。

僕は本質というものの存在を信じています。そしてそれを人間というものを含め龍笛の音の中に探しています。笛に関して言うと、師匠は龍笛には一つの吹き方しかなく、その吹き方ができてやっと本来の個々人の個性というものが龍笛に表れてくると言います。それには僕が思うには人間の癖、性分をとらなければなりません。真の部分を輝かせるために。そしてしっかりとした稽古を積まなければなりません。故に龍笛を追い求めるという事は人間の生き方を探していく事といっても過言ではない気がします。

僕はまだまだ欠点だらけの人間で高慢な部分もたくさん持っています。一生かかってもなかなかその部分を埋めていく事は難しいでしょう。最近気づいてきた事は、龍笛を吹き続けて行く中で大切な事は笛が上手になっていく事ではなく、しっかりとした常識的な人にならなければならないという事です。常識的というのは難しい定義ではありますが。

 すぐれた芸術家には所謂変人と呼ばれる人が多いのは確かで、一般社会では生きて行く事が難しい方々も多くいます。しかし常識外れの作品を作るには常識外れの人間にならないと作れないという事はありません。僕は何はともあれ“表現”するという事は大切であるとこのブログで何度も書いてきましたが、しかしながら最近思うのはもちろん芸術というのは自分を徹底的に見つめその内面を何かの形で表現するということですが、それとともにやはりその作品を見る人に対し思いやりの心を持たなければならないのではないかという事です。温かみが芸術作品には必要であると思うのです。少なくとも僕は温かい音を出したいし、聞いて頂いた方々の心を温かくしたい。
  
そのためにもなんとか人様に対して謙虚に心低く通るという心作りを、今年は目標にして生きていきたいと思います。

皆様、今年も柿谷貞洋に対し厳しくご指導して頂けますようよろしくお願い申し上げます。


2010 元旦 雅楽傳導師 柿谷貞洋








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