2009-12-12

親友の父

 
先程日本から僕の高校からの親友の父が亡くなったという知らせを受けました。


もし自分の父だったらと考えると、もちろんNYにいる事は難しくなるでしょう。人にはそれぞれこの世での持ち場立場があり、ある意味その持ち場立場は避けて通る事ができない。これは一般的に言われる運命は変えられないという意味においての消極的な考え方ではなく、むしろ積極的な考え方である。


彼の父には彼の父の天命があり、彼には彼の天命があり、僕には僕の天命がある。


大事な事は全うする事だと思う。29歳の半端もんがほんとにえらそうな事を書いているのは承知であるが、彼は僕にとっての雅楽の唯一信頼できるパートナーであり、心から話合える友人だからあえて思う所を述べている。


彼の父が亡くなる直前医者から「今どんなに思ってますか?」という問いかけに、彼の父は痛み止めの薬で意識が朦朧としながらも「まだまだ人様のお役にたちたいと思っています。」とはっきりと答えたそうです。


そして彼のメールには “父は残された者への筋道をしっかりと残してくれました。”とありました。




亡くなる直前の人の言葉はその人の人生の本音の部分を物語っていると思う。


彼の父が人生を全うした事は間違いないし、その思いを彼は彼のスタイル、彼の天職によって父の思いを引き継いでいくであろう。


僕はまだ両親共に健在であるから彼の気持ちには決して届かないが、僕にも必ず来る話である。


日々たくさんの方々に支えられながら生きているという事を忘れずに感謝して懸命に努めたいと思う。


友よ!!







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