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シュリナガラ2日目

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シュリナガル二日目。 町を案内してもらい、いくつか庭園に連れて行ってもらいました。 どこを見ても驚きです。 お金を求めに来る人もすべてが僕にとって新鮮であり衝撃的でした。 100円でも差し上げたら喜ぶだろうなと思いながらも一銭も出しませんでした。明らかに僕達日本人とは、行い、ものの考え方、生活レベルが全然違うのだろうけど、僕はいつも同じ魂を持っている兄弟である事は常に意識し続けた。 どうあがいても現在の生活から抜け出せない人間がいるのは確かだ。それを“強い信仰”というもの支えているのかもしれないと考えたりした。 なんやら分かっている気になって書いているが、所詮上から目線なのはわかっているつもりだ。 明日はいよいよヒマラヤ山脈へ!!

インド シュリナガラ

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シュリナガラに着きました。 デリーに着いた時もびっくりでしたが、ここも驚きの連続でした。 まずは写真をご覧あれ。 今晩の宿と僕の部屋。 ファミリーホテルとか言ってました。 もちろんトイレ、シャワー(ただの水道)は外です。 僕としてはデリーの悪得業者(何度も言うが実は悪得業者ではないが、僕を巧く丸めこんだのでこう呼びます)でお金を払ってここでは、まぁ適当に自分で動いて過ごそうかと思ってましたが、世の中、いやインドはそんなに甘かありませんでした。早速宿のオーナー(後で分かっが、実はこの人すごくいい人)が出てきてヒマラヤ山脈で、トラッキング(テントを張って山に泊りこみ)をしたいかと言ってきたから、なんやら楽しそうだと思い、 Of course!! って言ったら電卓をはじき出した。あれエクストラ払うんかなと思いきや、、、アホは膨大な値段を言ってきた。。いやーインドだ。はめてくるはめてくる。。 そんな金払えるか 怒 って日本語で言ってやった。しかし相手も引かない、ヒマラヤのトラッキングが一番で、食事もテントも、服も、靴もすべて込みとか言うけど、そんなのあたりまえじゃねーか、誰がそんな、僕なんかしかもヨーロッパから来てるのに雪山に入る完全装備してくるか!?と思いながらも向こうが少しずつお金を下げてくる。僕はただ山だけ見せてくれて、後は町を案内してくれと言うと、向こうは、多少不機嫌。しかし最終的には最初言ってきた値段の4分の1まで下げた。それでもはめられた気分が抜けないが、もうここは気持ちを切り替え、首吊らなければならない額でもないし楽しむことにした。 さてまずはヒマラヤ山脈をバックに船で山の麓の湖に連れて行ってもらいました。全てを忘れてここは素直に感動。 笛を取りだし吟遊詩人に。まだまだ煩悩はかなり働いているが。 僕がインドやその他色々とふらふらしている理由はただ一つ、全ての経験を音にしたいからだ。 とりあえず湖の広さと静かさを音にしてみた。 なにやら先住民族が住んでいるような小さな島。 彼らの移動は船。 湖の上にある畑。何もかもが新鮮です。 この小島は昔カシミール音楽が行われていたそうです。この島がコンサートのためだけだったというのは実に贅沢というかロマンチックな話です。 これを見た瞬間決めました。僕はここ...

インド デリー2日目

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インド二日目です。 結論から申すと悪得業者(実は悪徳業者ではないが、巧く僕を丸めこんだのでこう呼びます)にやられました。 まずは冷静に歩き始め、インド政府の観光案内所を目指しました。 最初に話しかけて来た男は見るからにあやしそうな20代の青年で、「俺がそこへ連れて行ってやる」と。まぁとりあえず付いて行ってみるかと思い付いて行くとやはりわけのわからない旅行会社へ。地図が欲しいと言うと150ルピーだと言うからそれならいらないと部屋を出ようとすると腕を掴んできて奥の部屋に入れようとする。でも少し感動!地球の歩き方に書いてあった被害者の投稿と同じだったので。といっても実際は結構修羅場だった。とりあえず振り切って外に出た瞬間次の男が現れ、ここは悪得業者だと言って来て僕をほんとの観光案内所に連れていってやるからと言うから、僕もまんまと乗ってついていくとまたも旅行会社へ。。おいおいおい but This is the India!! 突然入口から日本語を話す好青年が現れ、巧みな話術で僕をツアーに組ませようとするから、まぁ値段くらい聞いてやるかと思い個室へ入った。最初の値段はたいした事なかったが、なにやらタックスがどうやらこうやらといって段々と値段が上がってくる。 確かに僕の今回の滞在17日間でシュリナガル(ヒマラヤ山脈の麓)まで飛行機付き、そこからのバスでアムリトサル、電車でバラナス、10日分のホテルも予約しての値段としては安かったしもちろん予約の手間も省けと思ったから、ついつい申し込んでしまった。 インド門 シク教 車で移動中も物乞いの子供たちがきます 明日は空路でシュリナガラです。 まだ生きています。

遂に念願のインドへ

ロンドン空港からインド、ガンジー国際空港へ! いやー驚きました。 デリー駅に着くなり人、人、人、、寄ってくるわ寄ってくるわ。。。その辺に犬、人、犬が寝ころんでいて、生きているのやら死んでいるのやら。 初日は地球の歩き方に載っているホテルに泊まろうとまず歩き始めたが、ホテルに連れて行こうとする人間があまりにもついてくるので結局根負けしてついていく羽目に。500ルピー以上は払わないと決めていたのでそれを伝えると500ルピーのホテルに連れていかれ、そしてさっそく連れて行ったぶんのチップを払えと。頼んでねー、、 This is the India!! と思いながらも勢いよくあしらって何とかチェックイン。 とりあえず時差ボケもありホテルで数時間休眠し、夕方起きてから何か食わねばと思いとりあえず出かけましたが、これまた人、人、人。その辺の屋台のチキンとライスのようなものを300円払って食べてみると、これはこれは辛くて食べれたもんじゃなく、しかも二匹犬がよだれを垂らして僕の両側から寄ってくる。これはもしや地球の歩き方に載ってた“狂犬病に注意”とかなんとかじゃないかなと頭をよぎりながらもひたすら無視。辛さと軽い恐怖に怯えながら半分食べてギブアップ。ホテルに帰ると少年がビール買ってきてやろうかと言うから断る理由もなく頼むとまた高額なチップを要求。 Kingfisher がまぁ美味しかったので、とりあえずインドよし。 戦いの日々が始まります。

天理大学雅楽部ヨーロッパ公演 ロンドン大学

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ロンドンに戻ってきました。 8月30日にNYを出て最初にロンドンに着き2日間滞在しました。が、記憶としては残念ながら食べ物がおいしくないの一点でした。建物の歴史の重さはやはり深いものを感じましたが。 観光の写真を少し載せます。 バッキンガム宮殿。さすがに美しいです。 演奏に来ているのでそんな事は今回言ってられません。 ここでの演奏は時間と場所の狭さとの勝負でした。 一時間半で準備、リハーサル、着替えです。普通だったら可能ですが、太平楽 を含む舞楽三曲、伎楽、管絃、謡物を、何人かがかけ持ちしているので結構ハードです。ここで太平楽を舞う学生と先生との会話のやりとりがありました。 学生;「この広さでは舞えません」確かに奥行きは実際の半分しかなく後ろは壁です。横幅も実際の3分の2程でした。しかも太平楽は太刀や鉾を振り回すので実際は三間四方以上を体以外の鉾などがはみ出ます。 先生;「なぜ君たちはどうやったら舞えるかを考えないのか?(お怒りモード)」佐藤先生はその場その場で出来る限り良いものを提供しようと常に考えている方です。そこから学生も必死に立ち位置や舞い方を考えて少ないリハーサルの時間でなんとか作り上げていました。さすがです。 本番も今回5公演の中で一番良かったと思います。 学生はプロの集団ではありませんが、いつも一生懸命ですのでその気持ちはよく伝わります。特に今回ドイツで演奏した時は、実はドイツには日本から色々な雅楽団体が来てお客さんの耳は肥えているにも関わらず今回が一番良かったという声をたくさん頂きました。お愛想だとしてもうれしいものです。素直に雅楽を捉えそれぞれの学年が上の学生を敬います。厳しい上下関係というのは今の時代に合わないかもしれませんが、今回彼らを見ていてこれはとても大切な事だと感じこれが機能しなくなるとこの雅楽部は続かないのではないかと感じるくらいでした。学生といると毎日が刺激的で、興奮的で、実に楽しい時間でした。約10日間という非常に短い間でしたが忘れられない、そして今後の僕の活動に大きな意味を持たせるツアーでした。 OBとして何かを伝えたいと思い参加したにも関わらず、実際は学生から学んだ事の方が多かったです。佐藤先生、OB志水さん、関係者の皆様、学生、又ご来場して頂いた方本当にありがとうございました。 さて次からはいよいよイ...